ウクライナ情勢の現状と今後の見通し――ロシアと欧米の視点から(2022年2月28日)

 (防衛研究所ウェブサイトで読むのがきついので転載しました)

ウクライナ情勢の現状と今後の見通し――ロシアと欧米の視点から
(防衛研究所の研究者による緊急座談会、2022年2月28日)
2022年2月24日、ロシアのプーチン大統領は、親ロシア派からの要請があったとして、ウクライナ東部での軍事作戦を宣言すると同時に、東部のみならず、ウクライナ各地への侵攻を開始した。急激に悪化するウクライナ情勢と、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立の現状と今後をどう見るべきか。防衛研究所の齋藤雅一所長、山添博史主任研究官(地域研究部米欧ロシア研究室、ロシア専門)、新垣拓主任研究官(同、米国専門)がウクライナ情勢に関し、それぞれの専門の視点から語り合った(司会は庄司智孝・企画調整課研究調整官)。


1ロシアのウクライナ侵攻の背景、目的、戦況
庄司:ロシアのウクライナ侵攻の背景と目的は何か。
山添:先週から状況が大きく変わり、ロシアの目的を推測すること自体困難になっているが、現在見えているのは、ウクライナのゼレンスキー現政権を転覆させ、親露傀儡政権を樹立し、これを永続的にする政治的な仕組みを確立することであろう。昨年11月頃からロシアは欧米諸国と交渉を重ねてきたが、ロシアの狙いは、交渉は不調に終わったためこれしか手段がなかったという、侵攻の口実を作ることであったと今なら考えられる。
新垣:ウクライナ情勢をめぐるプーチン大統領の主張はこじつけに過ぎず、ロシアの目的はウクライナをNATOに加盟させず、ロシアの影響下に置き続けることにある。
庄司:現在の戦況をどう見るか、また今後の戦況の見通しは。
山添:首都キエフでの戦況は、ウクライナ側が少し押し戻した状態である。第2の都市ハリコフ周辺、東部ドネツク州、クリミア半島に接する南部など、ロシアの占領地域は広がっている。ただ、当初キエフの早期陥落が危惧されていたが、まだ陥落していない。その意味ではウクライナは善戦している。2014年のソチ五輪の時と同様、3月4日の北京パラリンピックの開会式までにロシアは停戦合意を取りまとめる意図があるかもしれない。しかし、ロシアはまだ戦力の3分の1程度しか投入しておらず、交渉を有利に運ぶために、一般市民への攻撃を含め激しい攻撃をウクライナに加える可能性を危惧している。
新垣:アメリカ国防省の評価としては、当初予定していたほどロシアにとって戦況は有利に動いていない。その意味でウクライナは善戦している。今後本格化する欧米からの軍事支援で、ウクライナがどの程度持ちこたえられるかがカギとなろう。ロシアは当初、精密誘導兵器によって軍事施設のみを破壊するという「スマートな戦争」によって事を有利に運ぼうとしていたが、思い通りには行っていない。そのため今後さらに戦力を投入し、民間人の巻き添えを辞さない激しい攻撃を加える可能性がある。
庄司:ロシアはなぜこのタイミングで攻撃を開始したと考えるか。
山添:今はオリンピックとパラリンピックの間の時期である。オリンピック最終週にロシアは独仏と協議したが、それは単なる見せかけであり、侵攻はそのときすでに決めていたと考えられる。
庄司:ロシアはなぜそんなにオリンピックの日程を重視するのか。
山添:プーチン大統領は2月21日夜に親露派が占拠するウクライナ東部2州の独立を承認した。ソチ五輪が開催された2014年に親露派のヤヌコビッチ大統領が反対デモから逃亡したのも2月21日の夜だった。プーチン大統領はウクライナに対し、8年前の出来事の復讐をしているかのようである。
山添:2月は確かに有利である。ただ昨年からロシアは動いており、昨年3月から軍事的な恫喝を始め、7月にはウクライナをロシアの一部と主張する論文をプーチン大統領は発表し、11月から欧米との交渉が本格化した。そのときすでに、ロシアは今年の冬には軍事的手段によって最終決着を図ることを決意していたと考えられる。今後、戦況を見て、またシナリオを再検討するであろう。


2欧米の対応
庄司:米国やNATOの対応をどう見るか。
新垣:そもそも、米国の対応には限界があった。ただ、限界の中で最大限の努力を払ったと考える。最大の目的であるロシアの侵攻を食い止めることはできなかったが、他方、情報戦において、ロシアの侵略の意図を国際社会に知らしめ、ロシアに対する支持を最小限に抑えた。この意味では、米国はロシアとの情報戦で善戦した。NATOについては、当初から加盟
国はよく協調し、ポーランドやバルト3国に増派するなど、できる限りの対策を講じた。
山添:ロシアは、NATOを効果的に抑止できたと考えている。またバイデン大統領にウクライナへの米軍の派兵はないと明言させた。ロシアは核の脅しが効いたと考えており、核大国としての影響力を強める結果となった。
新垣:バイデン大統領が米軍を派遣しないと明言したことは、シグナリングの失敗と批判されている。しかし、ウクライナはNATO加盟国ではないため、そもそも米軍の派遣はハードルの高いものであった。また核保有国との軍事対決はリスクが高く、米国内においても、共和党をはじめ派兵に否定的な意見が強かったことも考慮すべきである。昨年のアフガニスタンからの完全撤退に象徴されるように、バイデン大統領自身は世界の紛争に米国が軍事的に介入することについては、抑制的かつ選択的にすべきという考えを有しているようにみえる。
山添:それは考えられる。当時はオバマ政権で、バイデンは副大統領であった。トランプ政権時、プーチン大統領は攻撃的な対応を控えたが、バイデン政権については、オバマ政権同様、米国は「世界の警察官」として行動することはないと踏んだのであろう。
新垣:ロシアは欧州に対する主要なエネルギー供給国であり、クリミア併合後も欧州とロシアのエネルギー協力は続いたことも影響しているであろう。
庄司:欧米の協調はうまくいくと見るか。
山添:SWIFT(国際銀行間通信協会)をめぐる協力がうまく行くとは、意外であった。欧米は、ウクライナの「痛み」を自らも引き受ける覚悟を示した。ロシアは、SWIFTをめぐる協力はうまく行かないと考えていたであろう。ただプーチン政権は、自国民が被る損害を顧慮しない。SWIFTからの排除が中長期的にロシアに与える影響は大きいが、現在の軍事作戦を止めることはできない。ロシアは短期的にウクライナの決着をつけるつもりであろう。戦争遂行に直接の影響を与えるロシア中央銀行への制裁はまだ行われていない。これは米国がさらなるカードとして温存している。
山添:中国が、ロシアを全面的に支援するという確証は今のところない。中国にとっても、ロシアのウクライナ侵攻は予想外であり、積極的には支持していないと考える。ただ、中国はロシアとの不和を国際社会に見せたくはなく、侵攻を黙認している状態である。また力による一方的な現状変更がまかり通るという先例は、台湾への対応において中国を勢いづける危険性がある。経済的には、中国との協力関係だけでは、ロシアはやっていけない。しかし、プーチン大統領は経済的合理性を考慮しておらず、政権内では誰も彼に意見することはできない。
山添:現在の規模では国内のデモに影響力はない。ただ展開しているロシア軍から兵士の離脱が始まったら、それは止まらないかもしれない。シリア、クリミア、ドンバスでの軍事作戦では、ロシアの国益が比較的明確であり、かつロシア軍の被害は大きくなかった。今回のウクライナ侵攻では、侵攻の理由ははっきりせず、兵士たちはなぜ自分の命を懸けるか分か
かなり凄惨な戦闘が発生することを懸念している。
庄司:プーチンは核兵器の使用に言及しているが、本当に核を使用する可能性はあるのか。
山添:プーチン大統領は核の使用については戦略的に計算する意識を保っていると思うが、今後の状況によっては核使用のリスクは上がるかもしれない。

3インド太平洋の安全保障へのインプリケーション
庄司:ロシアのウクライナ侵攻は、インド太平洋の安全保障にどのような影響を与えると考えるか。
新垣:影響は大きいと思うが、状況は依然として極めて流動的である。具体的な影響の内容については、日本をはじめとする国際社会の対応によりシェイプされ、またシェイプしていくべきと考える。ロシアの例を見た中国や北朝鮮の認識形成にどのように影響を与えるかが問題であろう。中国は、当然ながら台湾への対処を念頭に置いて、今回の事例を注視しているであろう。ここで重要なのは、今回国際ルールに大きく違反する行動をとったロシア、特に政権指導部がそれなりの代償を払うことになるようにすることである。そうすることで、力による一方的な現状変更を実際に行った場合のコストが大きいと中国が判断する可能性が高まり、結果的に抑止力が強化される。
また日米にとっては、抑止が重要なのは論を待たないが、実際に力で現状変更を試みる国家が存在すること、そのような確信犯的国家を抑止することはかなり難しいということを理解することが重要であろう。抑止が破たんした際に、当事国による領土防衛の意志を含め、きちんと対処できるようにしておくことの重要性が改めて浮き彫りになったのではないか。さらには情報戦が重要である。フェイクニュースを排除し、客観的事実をタイムリーに国内世論や国際社会に伝える努力が欠かせない。政治指導者の情報伝達能力や、日本人以外に日本のことを伝える海外の専門家やメディア関係者がいることも重要であろう。
山添:ロシアには一応世論があるにもかかわらず、このような事態が起きた。中国にはロシアほどの世論もない。今年は中国にとって重要な政治の年でもあり、中国は台湾に対して何かすることはないだろうと踏んでいたが、ロシアのウクライナ侵攻がロシアにとっての「成功体験」となった場合、中国が台湾に対して実力行使を行うリスクは上がるであろう。
新垣:ロシアが力による一方的な現状変更に成功すると、中国にとってもそうした選択肢を合理的なものと考えるリスクが高まる。
(座談会で示された意見は研究者個人の見解であり、防衛研究所や防衛省の意見を代表するものではない)


※今回の緊急座談会に際し、増田雅之主任研究官(地域研究部中国研究室、中国専門)から中国に関する寄稿を受けた。ここに参考として転載する。
(1)中国が直面する2つのチャレンジ
ロシアによるウクライナへの軍事行動は、2つの文脈で中国外交にチャレンジとなっている。1つに、対露関係と対ウクライナ関係との両立が難しくなる。中国はロシアとの「戦略的協力」関係を「変わることなく深化させる」(習近平国家主席)としている。2月4日、北京冬季オリンピックの開幕式に参加するために訪中したロシアのウラジミール・プーチン大統領と習近平国家主席は38回目の首脳会談を行い、「新時代の国際関係とグローバルな持続可能な発展に関する共同声明」を発出した。この共同声明はウクライナ情勢が緊迫する中で、中国がロシアの立場を積極的に支持したと西側諸国では理解された。その一方で、中国とウクライナは、貿易だけではなく、インフラ、科学技術、エネルギー、農業等の分野での実務協力を深めている。加えて、中国・ウクライナ関係は「戦略的パートナーシップ」と呼ばれ、その出発点は「独立、主権と領土保全」という原則を確認することである。2022年1月は、中国・ウクライナ国交樹立30周年であり、この際にも范先栄・駐ウクライナ大使はこの原則をウクライナに対して確認していた。
いま1つは、対露関係と米国をはじめとする対西側関係のバランスである。先述した2月の中露共同声明は「民主観、発展観、安全観、秩序観」に関する中露の「共有の立場」を示すものであり、とりわけ米国への対抗意識が表明されている。北大西洋条約機構(NATO)の拡大や2021年に創設された豪英米3カ国による安全保障パートナーシップ(AUKUS)への反対が明記された。しかし、今回の共同声明は、昨年6月に発出された中露善隣友好協力条約署名20周年の共同声明を踏襲するものであり、軍事行動の可能性を前提としてロシアへの中国の積極的な支持を示すものとは言えない。ここで指摘すべきは、とくに米国の位置付けに関する中露の相違である。米中間では「戦略的競争」が深まり、中国は競争の長期化を前提とする対応を進める一方で、米中関係が対抗や対立へのダウンスパイラルに陥ることを回避するという中国側の方針は維持されている。ロシア側で、ウクライナへの軍事行動を前に、米国等への「統一戦線」に積極的に中国を巻き込もうとする意図があったのであろうが、中国側はロシアの「安全保障上の合理的な懸念」(王毅国務委員)への理解を示してはいたが、これは軍事行動を是とするものではない。

(2)ロシアの軍事行動は「想定外」
そもそも、中国はロシアによるウクライナへの軍事行動の可能性は大きくないとみていたようである。1月末の新華社記事は、ロシアによる軍事行動、ウクライナによる東部地域の親ロシア派への軍事行動の可能性は「ともに大きくない」と見通していた。また、中国では2021年12月8日の米国のジョセフ・バイデン大統領の発言が注目されていた。つまり、集団防衛義務を定めるNATO条約第5条が「ウクライナには適用されない」とバイデン大統領は述べていたのであり、この発言を根拠の1つとして、問題の政治的・外交的解決の可能性が中国国内では議論されていた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領との電話会談(2月16日)で、習近平国家主席もウクライナ情勢に関して「政治的解決という大方向を堅持し、対話と協議によって解決を求めるべき」と言及した。
指導者や外交当局の発言からみれば、中国が想定していたプロセスは、①米国やNATO側がロシアの「安全保障上の合理的な懸念」を尊重したうえで、②ウクライナ問題に関する「ノルマンディ・フォーマット」(ロシア・ウクライナ・フランス・ドイツ4カ国の対話枠組み)等の多国間協議を活用し、③ミンスク合意の実行によって情勢の緩和を促す、というものであった。換言すれば、中国が示したロシアへの支持は、ウクライナ問題の政治的・外交的な解決へ導くためのものであり、その一環としての2月の共同声明であったと言えよう。事実、ロシアがウクライナへの軍事行動を開始した2月24日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相に対して王毅国務委員は、ロシアの「安全保障上の合理的な懸念」への理解を示しながらも、「中国は一貫して各国の主権と領土保全を尊重している」ことを第1に伝えたのであった。

(3)インプリケーション
1つは、中露関係へのインプリケーションである。ロシアによるウクライナへの軍事行動に至る一連のプロセスは、一面で中露関係の緊密化をもたらした。繰り返し言及した中露共同声明だけではなく、米国等による「制裁」への耐性を強化すべく、ロシアは中国との間でのエネルギー協力を強化することに合意した。天然ガスについては、年間100億立方メートルを今後30年間にわたって中国に提供することになった。また、今後、西側諸国による金融制裁が強化されば、中露間の銀行取引は拡大し、その結果として人民元の国際化が促進されるかも知れない。しかし、ロシアの軍事行動は、中国の国際秩序観の中核の1つである国連憲章や国際法の明確な違反行為であり、それを支持することは中国外交の正統性を損ねることになる。中露間の「戦略的協力」を深めることのリスクへの認識が中国側で深まる可能性がある。
いま1つは、米中関係へのインプリケーションである。中国では、ウクライナで安定した政治体制が構築されてこなかったことを、ロシアとの関係だけではなく、自由主義に基づく「米国モデル」の失敗と理解する向きがある。今回のロシアの軍事行動に至る過程(特にバイデン政権の動向や同盟管理に関して)、米国やNATO、さらには米国の同盟国である日本等が今後一体的に対応するのか否か、統一問題としての台湾問題を抱える中国は詳細に評価するだろう。その一方で、米国側でロシアに対する脅威認識とそれへの対応の優先順位が高まれば、バイデン政権の相対的な対中認識が改善される可能性もある。米中関係は、今まで以上に複雑な様相を呈することになるかも知れない。

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